[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
1年半ほど前に買って、そして忘れてたモノ。それは大好きなベルバラ男性キャラの描かれた入浴剤。アンドレ、フェルゼン、アラン、ジェローデルの4種類。ネタとして買ったはいいが、うちの浴槽が狭いのと、風呂にあんまお湯を溜めないのが忘れてた原因になった。その内今回は2つをご紹介。
Japanische schöner Bathsalz stelle ich heute vor. Die sind Manga charakter von "Lady Oscar"gezeichnet. http://de.wikipedia.org/wiki/Lady_Oscar
Es gibt 4art, Hans Axel von Fersen,André Grandier,Alain de Soissons,und Victor-Clément de Girodelle.
ジェローデル入浴剤。(ジェローデルとは? オスカルに求婚するも、オスカルのアンドレへの想いを知って清く身を引く。ベルバラの主要男性キャラにオスカル様を入れないと、この人が出てくるのか!!)乳白色の入浴剤でヨーグルトの香り。キャッチフレーズは『貴女を優しく受け止める、それが私の使命』←そんな使命感をお持ちでしたか!? これ、何かぬるぬるしてて、まあ、とろみの湯という入浴剤なのだがそのぬるぬるが溶けるまで10分かかります、と書いてある。何かぬるぬるって清い感じぢゃないぜ、ジェローデル・・・。何か後をひく感じだよ。しかし肌はツルツルになる気がする。優しさとぬるぬるさはどう関係があるんやろう???キャラは好きぢゃないけど匂いは好き。
Das ist Victor-Clément de Girodelle und Aroma Joghurt.
フェルゼン入浴剤(フェルゼンとは? マリー・アントワネットと恋仲にあったスウェーデン貴族。オスカルも一時彼に恋をしてた)キャッチフレーズは『海より深い一途な愛であなたを包む』です。それにちなんでこのすっごい青色なのか・・・。溺れそうだよ。あなたの深い愛に。もしかしてうちの湯船は水深20Mくらいあったっけ?っていうくらいに底が見えない。タラソの湯。フランス産の海塩を使用。海の塩ってことで何かしら爽やか度をあげようとしている気がする。物語中でも始終爽やかだったよなぁ・・・・。
Das ist Hans Axel von Fersenmit meersalz.
ベルバラ入浴剤。次回はアランとアンドレをご紹介できるかな。おいしいものを最後にとっておく性分なので♡もちろん男キャラで一番好きなのはアンドレです。でも最近暑くなってきたからいつのことになるのやら。。。。
クラコフ近郊の名所その②、ヴェリチカ!!こちらは岩塩の炭鉱で、何が有名かというと、地下にホールや住居をつくってしまったので有名になったのである。
クラコフから近距離電車で25分5Zt。バスも本数がいっぱいあるのでお勧め。
さて、今日は朝早くに出てチケットも買って(英語がわかんないのでまたパンフレットを買ってポーランド語のガイドツアーを選択)ポーランド語の方が安い!!
なまじ英語がわかんないので、ポーランド語のツアーが始まるだろう時間に入場しようとすると・・・・観光客のお兄ちゃんが声をかけてきてうちらのチケットをちらっと見、何かわかんないけど、『これは英語のツアーだよ』みたいなことを言ってる気がした。入場入り口に突っ立ってるおっちゃんにもチケットを見せると首を振られた。ちょいとわけがわかんないので、仕方なく待つ。
1時間待って次のポーランド語ツアーの時間になる。また入場しようとすると入り口のおっさんに『アカン』って言われる。は?と思って英語で説明しても通じず。英語の話せる人が来て訳を説明。こっちも英語があやふややったけどドイツ語も交えて罵倒して強引に入場。チケットはポーランド語ガイド、とちゃんと書いてるのに何でわかんない!?ちゃんと見ろよ!!!!とご立腹のKちゃんとGanmo!!!!前方にいるであろうツアー集団に追いつく為に地下40Mへの下り螺旋階段を急ピッチで下りる!!頭くらくらでも空気が冷たく、塩のイオン効果で呼吸がしやすい・・・気がした。
Nach Wieliczka(ich kann leide nicht richtig aussprechen). Ja,hier gibt es berühmte salzmine.
Früh morgen waren wir dort angekommen und Ticket gekauft. Wir können nicht Englisch und Polnisch verstehen,deshalb haben Japanische Pamphlets gekauft,dann Wir wollten zu etwas billigem polnischen Guidetour gehen. Aber !! Der Scheisse kerl,der vor der Tor gestanden hat,sagte,"nein" Oh oh,und ander Man schaute unsere Karten und "This is Englisch tour" hat er gesagt. Wir dachten,ach!das ist Englisch Guide tour ist.
Dann wir warteten noch einige Stunde. Wenn nächste führung gekommen war,standen wir naturlich auf. Aber ,DER sagte wieder "NEIN" Hey !! Du !! Warum nicht !? Auf Englisch konnte er nicht verstehen. na,bald kam Dolmetscherin unt Unsere Karte haben gezeigt, aber "too late". Hoioioioi,Mach spaß. Wir habe lange gewartet, ihn zwei mal die karten gezeigt,warum kann er nicht seine Muttersprache verstehen !? Oder Wenn ihr nicht sicher seid,frag mal doch nach Kasse !!!!!! Die Keuferin versteht alles!!!!!!
Ach,Ich habe so,auf Deutsch laut gerufen. Hehehe,es egal.Weil Ihr überhaupt nix versteht !!
ぷんぷんになりながら、ガイドの話なんて理解不能やったけど90分くらいのガイドツアーを満喫。なんたって全部塩!!それさえ理解できてればいいっしょ!?
とーっても美しい大広間。シャンデリアもカットされた塩でできてた!!この塩の洞窟にはゲーテやショパン、マリア・テレジア、ローマ法王も訪れたことがあるのだと。
Wir Konnten dareingetreten.Weil ich geschreit habe. Na los,mussen wir vorne folgen.
40M tiefer waren wir Treppe runtergesteigen.
und wie schönes Saal. Dort besuchten Goethe,Chiopin,Mariatheresia und Pontifex auch .
Aber Alles aus SALZ !! Die Guide hat uns erzählt,die Japanische Guide sagt immer"Zenbu sio desu"(Alles aus salz),deshalb ich habe dieses Wort erlernt. "Zenbu sio desu"
塩湖は明るいところで見ると緑色してて美しかった。皆お金を投げ入れたりしてたけど、お金、塩でやられないかしら・・・。後の2枚の写真も全部塩デス。灰色に見えるけど強いライトを当てると透明に透ける!!
Erst dachte ich,die Stein nicht salz ist,aber doch alles aus Salz !! Wenn man gegen der Lampe halte,sieht Durchsichtigkeit.
ビックリサプライズ!!帰りの出口までガイドツアーで突然電気が点かなくなった・・・・でもガイドさん、慣れてるのかライトで私達の足元を照らしてくれて、自分は暗闇の中をさっさと歩いて行かはった。
帰りに塩を好きなだけ持ち帰ってもいいよ、って言ってくれたので少し大きいの2つほどポケットに忍ばせて家帰ったらテキーラ飲むときに・・・・ウフフ
OH!!! Ich bin in die Unterwert gewandern !? nein, Komischerweise in dieses Raum ging nicht mehr Energie.
ヴェリチカのトイレで撮影。正面に立ってても誰かわかんない。
帰りはバスでクラコフまでGo。予定通りワルシャワ行きの電車に乗っていざ首都ワルシャワへ!!
すっかりワルシャワのシンボル(?)になっているソビエトのスターリンからポーランド人民への贈り物。“文化科学宮殿”(さあこれを続けて10回言えるかな?難しいぞ!!)
ポーランド人の友達に聞いてみると、あんまり自慢できるものではない、むしろ嫌なもんだね、って言ってた。
でもGanmoとKちゃんはネーミングと活舌の良さがツボに入ってて写真を取り捲った。
旧市街へ行くもあんまりパッとしたものは無く。王宮(今は国会なのか)を見学。運よくデューラーの絵の枠に手をかけているように見える女の人の絵を見ることができた!!(題名忘れたよ)
ヨーロッパの旧市街は・・・なんかどこも一緒な気がしてきた。とりわけ感銘を受けることもない。
昼間の文化科学宮殿は・・・微妙。下に見えてるのはスーパーで、なにやらとてつもなく大きそうなのに・・閉店してた!!ワルシャワ駅の中はごちゃごちゃしてて迷いそうで嫌になったしKioskばっか。スーパーに行ってお酒をしこたま買いたかったのに・・・
そして、電車の時刻をGanmoが間違えた為に電車に乗れなかった・・・・ごめんKちゃん・・・しかたなく次の電車に乗って夜遅くにベルリンに着くことになった。すっかりワルシャワ恐怖症になったGanmoはもう動き回りたくない、という顔をしてたに違いない。二人して電車の来ないプラットホームで小時間待ちぼうけ。
乞食の家族に付き纏われるし散々だった。
ベルリンに着いて、ホテルに着いて、疲れてたので即寝て、次の日デパートに行って、Kちゃんはオペラに行って、GanmoはCD屋でずーっとCD聞いてたりなんやかんやして、オペラのことを考えながらGanmoha一足先にLeipzigに帰った。
Kちゃんはベルリンにもう一泊してから戻ってきて、ドイツ滞在最終日までライプツィヒでぶらぶら。お土産のチョコや、Ritterのヘーゼルナッツ&キャラメルチョコを買占めておられました。あんなにたくさん(総数は申し上げられませんが)のチョコはほとんど自分用なんだそうな・・・・。
そんな中にKちゃんのお兄さんが交通事故にあった、とかちょっとした事件がありまして、日本に帰ったらKちゃんはお兄さんの看病にいってるお母さんの代わりに家事をしなきゃならなくなって、Ganmo邸にて家事修行ということで(3日間くらいやったけど) 料理、掃除を教え(させた)お刺身好きのKちゃんに簡単カルパッチョ擬を教え、ベッドシーツを代えさせ、窓拭きをさせ、Ganmo邸大掃除は完了したのでありました。
長い休暇楽しんでもらえたかにゃ??ほんとありがとうね、Kちゃん!!また夏よろしく!!
今日の朝8時頃にうちのアパートのGanmo邸の真下で火事が発生しました。
この日も朝早く起きてたGanmoはパジャマ姿でパソコンでちょいと作業。朝食を食べようかな、と思ったくらいに火災報知機が鳴って(あって良かった火災報知機)誤報か誰かの悪戯やろーって思ってたら3分後くらいにウ~ウ~って消防車の音が聞こえてきた。まさか、ね。と思って、でも恐いので立ったり座ったりを繰りかえすGanmo。カーテンを開けて外を見るとなんと黒い煙!?逃げろ!!っと思いながらも普段着に着替え(ブラもちゃんと着けた)コートを羽織り、近くのリュックを持って逃げた。部屋の中に愛しい私物たちを置いて逃げるのはとても心の苦しいことだったけど逃げた。
外を見て煙の出ている窓を見るとGanomの部屋の真下!?ああ・・・火は燃え上がってるから一番危ないのうちの部屋やん!!もうハラハラドキドキ。中にはシャワー中だった人とか掃除中だったおばちゃん、赤ちゃん連れの家族・・・しかも皆、誤報だと思ってたのは同じ。その上アパートの最上階から消防隊の消火活動を見守るおっちゃん←逃げなさいよ、あんた。 アパートの中にはまだまだ人がいたらしい。そんなことあるわけがないを思いたいのは人間の本能なんだそうな。
火はその部屋だけで消され、消防隊のおっちゃんの合図で皆部屋に戻る。何事もなかったけどGanmoの部屋は真上だけあって臭い。
Heute um8Uhr brach in meiner Mietwohnung eine kleines Feuer aus.
Dieser Tag habe ich früh aufstanden und computer gespielt.Dann hörte ich einen Notfallalarm. Erst dachte ich,dass der Fehleralarm oder Spaß war. Doch doch doch,es war ECHTE !!!!!!! Aus dem Fenster konnte ich schwarzen Rauch sehen,und war schon Feuerwehr darunter gekommen. Oh ich muss raus !! Schnell habe ich mich umgekleidet(Warum hatte ich solche Zeit?) und war draußen geflohen mit meinen Rucksack.
Ich wartete mit meiner Nachbahrinen.Aus der Straße konnte man gut sehen,wo es brennt. Genau unter meiner Wohnung !!!!! Oh Gott,NEIN !! Ich wünschte ,dass das Feuer sofort ausgelöschen wird.
Ach bitte bitte nicht zu meiner Wohnung.
帰ってすぐ撮った写真。ありがとう、おっちゃんたち!!Aus meiner Wohnung. Viellen Dank !!
せっかく良いチェンバロの練習室を予約してたので朝食を食わずして学校へ。賞味20分の出来事でした。
しかし火事にあったらやっぱり何をおいても自分自身が逃げることを最優先にしないといけませんね。日本の木造の建物やったら確実に私の部屋なんておじゃんだったでしょう。
Nach 20Min,von der Feuerwehr gekommen war, war schon vorbei. Sei Ddank.
Aber wenn ihr ein Feuer getroffen hätte,was macht Ihr denn?
ヨーロッパに来たらいつかは行ってみようと思っていたアウシュヴィッツ強制収容所。Kちゃんと一緒に(一緒じゃなかったら行く勇気が無かった)行ってきました。
クラコフからはバスで行くと一本なんやけどバス停を探すのに一苦労。クラコフ駅の何処にもバスの表示が無い。人に聞くも真直ぐ行って右、というばかり。どこにもバスのマークなんてかいちゃいない。タクシーは書いてあるのに・・・でも、駅のチケット売りのお姉ちゃんに『バス!!』と大きな声で行って指で左右を差して聞いたらやっぱり右方向。進むとドア。外にでると坂道があった。とりあえず登ると横にバスターミナル出現。予定していたバスに間に合うかどうか、というところだったので走ったけど見送ってしまった。バスターミナルは新しく作られたのか立体型。地下と地上階があって、クラコフ駅発のバスの便はかなり多い。ちなみにアウシュヴィッツ行きバスは地下。次に行くヴェリチカという塩の炭鉱行きバスもある。バスといってもワゴンほどの車に座席がいくつかついてるの。運転手の叔父さんに往復チケットを買うか聞かれる。買ってもどうせ18Zt
11時半頃に到着して団体観光客さんと一緒に中に入る。どーせ英語も解かんないんだから日本語の案内書を買って中に入る。主に中は英語、ポーランド語、そして他の言語(ヘブライ語か?)で説明がされていた。
死の門と言われる“Arbeit macht frei”の文字が掲げられた収容所への入り口。意味:働けば自由になる。
さてはて、アウシュビッツ記事は長くなること必須なので飛ばして見てくださっても構いません。そして、ドイツ語で書く気力もありません。もードイツ人は嫌っていうほど授業でやるだろーし。
アウシュヴィッツ収容所に何故興味を持ってたのか・・・それはおそらく小学生の頃に読んだ“実際にあった恐い話”系の書物から。それには収容所に到着してからの“選別”の模様が書き綴られていて、強烈な印象を受けた・・・んだと思う。それからいろんな本を読んで第二次大戦のことを調べるようになった。アンネの日記は実は読んだことが無いし、読んだ本全部をはっきり覚えてるわけでもないし、その本が正しいこと書いてるともわかんない。学者やないんではっきり自分の言葉でこれはこうだった、ナチスはこんなことをしたとは言えない。ましてやその時代に生きていない自分がこんなことを書いてどうなる、って思うけど、知ってることを書きたいので、知ったかぶりかもしれないけど知識をひけらかすのを勘弁してほしい。
有刺鉄線に高圧電流を流していたので、これに飛びついて自殺する人もいた。この赤レンガの建物がいっぱいあって、その内6つだけはソ連軍の攻撃を免れて残った。
3月でまだ観光シーズンでもないからか広大な敷地に人気のなくなるところがあった。そうなると皆どこに行ったの!?と不安になり、恐くなり、ついブラックユーモアを口にしてしまう。(場所が場所なだけにおふざけがすぎてごめんなさい)
アウシュヴィッツには音楽隊が組織されていたって知ってますか。ヨーロッパ的な考えだ。音楽こんなところまで必要になってくるとは。毎日外へ労働しにいく強制労働者達の送り迎え時に演奏したり、SS隊員達の為に囚人達で組織された音楽隊が演奏をした。音楽隊に入れた者は待遇が他の囚人に比べて良かった。芸はどんな時に身を助けるかわかったものじゃない。
イスラエルからの(学生と思われる)集団。修学旅行なんかで訪れる、日本の広島長崎のような目的なんだろう。
ユダヤ人の国・・・本当に皆から認められ、平和的に建国される日が来るんだろうか。シオニズムかかげてイスラエルへ行ったユダヤ人達は戦中も戦後も(今も)自分達の国があったらこんな目には合わずにすんだのに、なんて考えた。こっちは日本。ヨーロッパ、というか大陸じゃない。他の国に行ってたとしても、あたしなんか故郷は日本です、って言える。日本へ帰ったら日本語もあるし日本憲法の下で人間らしい生活をおくれる。それって、うん、すごく安心できることなんやな。
ここで多くの人が銃殺された。左の写真は11番ブロック『死のブロック』と呼ばれる収容所内の刑務所のようなところ。地下に牢屋がある。
所長とか偉いさんの部屋があったけど、彼等は立派なベットで寝てた。それがものすごく許せない。心地よいベットで安眠を得られる喜びといったら、ないじゃない?
二枚の写真やけど何故か素晴らしく繋がった・・・
収容所内ではしょっちゅう点呼が行われていた。点呼の時、大きな声で言えなかったり、少し動いただけでぶったたかれたり、夜中に起こされてくだらない点呼(読んだ本のほとんどにこの“くだらない”という表現が使われていた)をさせられたり、この点呼は囚人を取り締まる目的と、罰を与えるという目的を持っていた。体育の授業とかの点呼中にそんなことをよく考えていた。
有刺鉄線。ドイツ語の看板は当時のもの。館内表示にドイツ語は一切無いけど、展示物の多くはドイツ語で書かれているので、それを読めるくらいドイツ語力があってよかったな、って思った。偽造パスポートや、当時の身分証名書。背丈、目の色、髪の色、両親が何人であるか。今でもビザを発行してもらうのにこれらはいるけど、黒目黒髪のアジア人にとっては何かとっつきにくものがある。あ、日本人は黒目ぢゃなくて赤褐色が普通なんだと。いつも黒目って書いてた私・・・大丈夫かな?
ガス室。と焼却炉。焼却炉へはトロッコ(列車)のレールが中にまでひいてあって、選別されて死を宣告された弱いお年寄りや子供達が送られた。1日に350人の死体も焼かれていた。この焼却炉の前で元収容所所長のルドルフ・ヘスの死刑が執行された。
もう一つあるビルケナウという収容所に行こうか、と思ったけど、運よくバスが来て、しかも寒かったからクラコフに戻りました。
見学できてよかったか、と聞かれれば、うん、と応えるけど、ハイシーズンでもないのに、狭いバラックの展示内のあちらこちらでガイド連れ団体が喋り、一般見学者は身動きも取れない状況・・・これは困った。
アウシュビッツについてはまだ判明していないことが多い。行方不明者や死者の数、本当にガス室で大量虐殺があったのか否か(←知ってた?この問題、ドイツじゃタブーで法にもかかるヤバイもんなんやで)
ということで、ガス室問題はここ、ドイツのなので書くのも止めておくけど、死者の数に関してはばらつきがある。律儀にも(?)囚人に番号をつけ、管理していたドイツは、敗北の色が濃くなると収容所を破壊して、書類も隠滅しようとした。奇しくも残った資料や建物はあるけど、全てのことをそれらから知ることはできない。太平洋戦争から60年以上が経った。わからないことを追い求めていく、歴史家の仕事に魅力を感じていたけど、最近は、果たしてそんなことが解かるんかいな!?と。古楽を勉強しているけど、楽器から楽譜の復元はおそらくこうだった、と曖昧な部分が多い。はっきりとこうだ、と決め付けることができなくなっている。それはそれでいいののだろうけど、長い時間をかけての探求が必要となる。それに夢を感じなくなってきたというのは、自分が年をとったせいだろうか。いつも時間を気にして、自分から何かを調べてみようという気にならなくなっている。Wikipediaのページを読んで、それだけで知識を得た気になってる。そんな自分がちょっと嫌である。ならばこれから、ちょっと勉強量を増やしてみようかしら、と思うようなアウシュヴィッツ訪問でした。
Ganmoの春休みはまだまだ続くよ!! T君はオケの本番があるのでフランクフルト空港から一足先に日本へ帰国。あっと言う間やったけど良い経験やったかな?
そして残ったKちゃんとポーランドへいく計画を立てました!!しかし2月末に決まったオペラ伴奏、3月2週目にはもう合わせがあるのを知りつつも旅行に行ってしまったGanmo・・・・さてはてウォッカなど飲んでていいのだろうか・・・
Meine Semesterferien geht noch weiter !! Ein Freund T war leider schon nach Japan zurückgeflogen.Hat er gute Erfahrung gehabt? Wenn JA wäre,wurde ich mich freuen.
Also ist T weg,aber bei mir bleibt noch K !! Ich und K haben eine Reise nach Polen geplant,trotzdem ich muss Opersbegleitung vorbereiten.Nach der Reise kann ich wirklich die spielen?? Hey Du !! Mach Sorg !!Trink nicht Vodka...
ライプツィヒ→クラコフはなんと電車で10時間!! それでもわざわざベルリンまで行って飛行機に乗るのもアホ臭いのでLeipzig→Cottbus→Krakowの1回乗り換えでお値段58、20€。フランクフルト⇔ライプツィヒ間の特急料金カード割引無しより安い。
まあなんせ、CottbusからKrakowが長いのでトランプをして過ごそうか、となりまして、チェコで買った(ブログ書いてないけどチェコ行ったんだよん)ミュシャトランプで遊び始めたGanmoとKちゃん。Box席が無いので2シート席にてスピードに熱中。あんな狭いのによくもまあ・・・4時間くらいやってた?
Von Leipzig nach Krakow dauert mit dem Zug etwa 10Std !! Ja ich Zeit sparen konnte,wenn von Berlin ein Flugzeug benutze,aber Nach Polen habe keine billige Ticket gefunden. Naja es ist gleich oder günstiger als ich normale preise Fahrkarte nach Frankfurt kaufe.
Im Zug haben wir für ein kartenschpiel geschwärmt .Wie konnten Wir auf diesen enges Sitzplatz spielen!
クラコフに着いたのは夜だった。これは駅前の広場で朝に撮影したもの。中に人が入れるスペースがある。入らなかったのが悔やまれる。
Als Wir Krakow angekommen waren,war es schon Abend und sehr dunkel. Der große Schu kann man rein gehen. Ach wäre ich darain,wurde ich sehr lustige Foto machen,so wie ein Hobbit.
クラコフの駅は広いんだろうか?というか、どこからどこまでが駅?ドイツの隣だしドイツ語、もしくは英語くらい表記してあるだろう・・・という考えは甘かった!!! Cityの文字すら見えない駅。ガイドブック無しに行ったのも不味かったか・・・でも通りの名前が表記してあるヨーロッパ、灯りの無い通りだったが辿っていって無事ホテルに到着。通された部屋はゲストハウスっぽいところ。こりゃ安いはず。とりあえず荷物を置いて夕飯を食べる為に街へ繰り出す。
ホテルから街は以外に近く、ホテルでもらった地図のレストランインフォ(英語で書かれた)を読んでクラコフ郷土料理が食べられそうな店を発見・・・したと思ったらイタリアンレストランだった・・・・おそらく英語表記には、クラコフっ子も大好きなレストラン。という意味合いで書かれていたのだと。でもそこは地下にあって古い石壁、天井なんかが昔の建物(地下にあるものを建物と呼んでいいのだろうか・・・)をそのまんま使ってるようだった。
さて、お料理のほうは・・・さすがクラコフっ子に受け入れられたお店。すっごい美味しかった!!Kちゃんはレバーを使ったソースのスパゲッティ。Ganmoはトリュフのチーズソーススパゲッティ。写真とるのも忘れるほど疲れてたのかな・・・見せられなくて残念。最後にウォッカを頼んだら、疲れた体にけっこうきた。
Ich dachte vorhier,Poland liegt neben dem Deutschland,also kann man Deutsch oder etwas englisch sprechen.Aber der Gedanke weg. Im Zug,der Fahrer kann auch nicht Deutsch und Eng sprechen.Natürlich Polnische Bahn ,die Käuferin auch nicht. Wir haben keinen Reisebuch sondern nur Mape. Wir sind doch Dumm....
翌日はアウシュヴィッツに行ったんやけど、クラコフの市内をご紹介。こちらの教会は聖マリア教会とその裏の教会(かな?)この教会は毎時トランペットが時を告げるが。昔、元(モンゴル)の襲撃のおり、危険を知らせたトランペット吹きが流れ矢に当たり途中までしかトランペットを吹くことが出来なかった、という話から、時を告げるトランペットは途中までしか吹かれない。本当に最後はペッ・・・と途切れて終わる。中のステンドグラスも綺麗だった。
In die Stadt. st.Maria Kirche. Jede Std spielt Trompetnbläser vor.Aber die Melodei unterbricht plotzlich,weil diesem Ursprung ist bei dem Einfall von Mongolei. Ein wächter blies um Einfal zu achten aber einen Pfeil triff ihm beim vorspiel. Deswegen spielt man nicht am ende vor.
左から、織物取引所、街通り、コンサートハウス
織物取引所内は土産物屋になっていて有名な琥珀をはじめとして色々な宝石のついた装飾品、手作りの木製品などが買える。ちっちゃい宝石付きピアスなら2~5€ほどで買える。でもデザインはどの店も似たり寄ったり。
Von Rechts, Souvenir Shop, die Straße,Konzerthaus. In dem Souvenir Shop habe ich Ohrring mit kleinem Edelstein gekauft.
バルバカンという砦とその前にあったマリアの絵、外の壁には絵を売る人。
Die Festung,und Bildhändler.
無類のげっ歯類好きの従姉妹が見たら『かわいー』というであろうレリーフ。3月3日には必ず綿菓子を食べるというKちゃん。髪の毛にすごいつきそう・・・そしてぬいぐるみを愛する我等が見たのは熊ショップ。まだ旅の初めでもあり、ウォッカを買い込む目的もある為、買うのは断念。
am3.März soll K immer die süße Watte essen. Und ich umarmte großem Bär.
大きな首が落ちていた。 鼻をほじった写真を撮ってやろうと思ったけど先客がいたので止めた。
Großer Kopf. Ich wollte in seiner Nase bohren.
こちらは2日目に食べた夕食。うちの母お勧めの赤カブのスープと肉のフライ(名前忘れた)。スープ好きなので面白いスープには目がないんです。すこし酸っぱいようなでもスープの味はちゃんとあって・・・赤カブをどう調理してこうなったのか知りたい。Kちゃんはマッシュルームスープ。
Wir haben sehr Leckers Polnisches Gericht gegessen.Die Suppe von mir ist roterübessuppe. Von K ist Champignons.
小牛のシュニッツェルチーズ掛けと水餃子みたいな“ピエロギ”そしてKちゃんの豚・・・だっけ?のチーズソース。
郷土料理のピエロギは10も皿に盛られてきました。Kちゃんは2個食べて私は後の8個をペロリ・・・中は芋だし外は小麦粉だし・・・炭水化物と炭水化物をあわせてできた惣菜。主食じゃないんだなコレ。
Kalbkottelett mit Käse,Pierogi und Schweinefleisch mit Käsesoße.K konnte nur 2mal Pierogis essen,aber ich habe alles,ja 8mal gegessen......
帰りにスーパーに寄ってウォッカを購入。土産物屋で購入したチェス(6€)をKちゃんとやりながらポーランド産ウォッカをグビっとするGanmo。Absolute Wodkaはスウェーデン産らしいが、確かポーランド人のお友達曰く、ポーランドでもドイツよりは安いよ、と言ってたのを思い出し購入。確かに2つで10€もしないなんて・・・・安いなぁ・・・さすがウォッカ消費国。
Beim Supermarkt habe ich Wodka gekauft. Sehr billig. und Aus Polen produzierter Wodka war ja supper Geschmack. Und guck mal,habe auch das schönen Schach gekauft.